総務の手元にある名簿は、たいてい会社単位で作られている。全社で60人、パートを抜けば48人、そこに派遣が5人。この3つの数字のうち、産業医の選任義務を判定するために使う数字はどれか——というのが、この話である。答えは「どれでもない」ことが多い。
数え直すと、増えることもあるし、減ることもある。
数えるのは会社ではなく、事業場である
労働安全衛生法第13条第1項は、産業医を置く単位をこう書いている。
事業者は、政令で定める規模の事業場ごとに、厚生労働省令で定めるところにより、医師のうちから産業医を選任し……
「事業場ごとに」。会社ごとではない。そしてその規模は、労働安全衛生法施行令第5条が定める。
法第十三条第一項の政令で定める規模の事業場は、常時五十人以上の労働者を使用する事業場とする。
では事業場とは何か。この語の解釈は、法律の施行時に出た通達が今も生きている。昭和47年9月18日発基第91号「労働安全衛生法の施行について」は、こう定めた。
ここで事業場とは、工場、鉱山、事務所、店舗等のごとく一定の場所において相関連する組織のもとに継続的に行なわれる作業の一体をいう。
続けて、判定の基準そのものを書いている。「一の事業場であるか否かは主として場所的観念によって決定すべきもので、同一場所にあるものは原則として一の事業場とし、場所的に分散しているものは原則として別個の事業場とするものである」。
本社40人・大阪支店15人・福岡営業所8人の会社は、全社では63人になる。しかし場所で切れば、どの事業場も50人に届かない。この会社に産業医の選任義務はない。
同じ場所でも割れることがあり、離れていても一つに戻ることがある
原則が場所なら、話は単純に見える。実際には、同じ通達が両側に例外を用意している。
一つめは、同じ場所にあっても分けるほうの例外である。「同一場所にあっても、著しく労働の態様を異にする部門が存する場合に、その部門を主たる部門と切り離して別個の事業場としてとらえることによってこの法律がより適切に運用できる場合には、その部門は別個の事業場としてとらえるものとする」。通達が挙げている実例は3つ。工場内の診療所、自動車販売会社に附属する自動車整備工場、学校に附置された給食場である。
二つめは逆向きに働く。「場所的に分散しているものであっても、出張所、支所等で、規模が著しく小さく、組織的関連、事務能力等を勘案して一の事業場という程度の独立性がないものについては、直近上位の機構と一括して一の事業場として取り扱うものとすること」。
さきほどの福岡営業所が、社員2人で、労務も経理も本社が回している、という状態だったとしよう。それは独立した事業場ではなく、直近上位の機構——ここでは本社——と一括して数える。本社は40人ではなく42人になる。まだ50人には届かない。ただ、この操作を全拠点に当てはめていくと、どこかの事業場が50人を越えることは十分ありうる。分散しているから安心、とは言えない。
「常時使用する労働者の数」に、誰が入るのか
単位が決まったら、次は頭数の範囲である。ここで多くの会社が実際より少なく数える。
厚生労働省は、この数え方を問答の形で公表している。「事業場の規模を判断するときの『常時使用する労働者の数』はどのように数えるのでしょうか。」に対する回答の第一文が、そのまま基準になる。
常時使用する労働者の数は、日雇労働者、パートタイマー等の臨時的労働者の数を含めて、常態として使用する労働者の数をいいます。
パートを抜いた48人という数字は、この時点で使えない。日雇いも入る。週2日のアルバイトも、常態として使っているのなら入る。
効いているのは「常態として」のほうである。ある月だけ応援を集めて一時的に50人を越えた、という状態は常態ではない。逆に、常時50人の体制で回していて、たまたま欠員が出た月に49人になっても、常態は50人のままだ。どちらの側も、その月の名簿の行数だけでは決まらない。
派遣社員は、送り出す側でも受け入れる側でも1人と数える
同じ回答の第二文が、実務でいちばん見落とされる。
派遣中の労働者については、事業場規模の算定に当たっては、派遣先の事業場及び派遣元の事業場の双方について、派遣中の労働者の数を含めて、常時使用する労働者の数を算出するものとされています。
双方、と書いてある。1人の派遣社員は、派遣元でも1人、派遣先でも1人として数える。全国の合計が実在の人数と合わなくなるが、それでよい。
二重に数える理由
労働者派遣法第45条第1項は、派遣先の事業を行う者もまた派遣中の労働者を使用する事業者とみなして、労働安全衛生法第13条(産業医)を適用すると定めている。同条第2項は、その適用を派遣元にも残している。産業医を選任する義務が両側に課されているため、規模の算定も両側で行うことになる。なお安全管理者と安全委員会は派遣先だけに義務があり、扱いが異なる。
先ほどの会社に戻る。本社40人・派遣5人であれば、本社事業場は45人。まだ届かない。ただしこの5人を「派遣だから」と外していた会社が、実は52人だった、という結末はありうる。
数え直した数字は、そのまま届出に載る
数えるのは机上の話ではない。労働安全衛生規則第13条第1項第1号は「産業医を選任すべき事由が発生した日から十四日以内に選任すること」と定め、同条第2項は選任したときの報告事項を並べている。その中に、規則第2条第2項第3号——「常時使用する労働者の数」がある。所轄労働基準監督署長に電子申請で出す報告書に、自社が数えた人数を書く欄がある、ということだ。
14日の起算点は、数え直して気づいた日ではない。「事由が発生した日」である。3年前に50人を越えていたことに今日気づいた会社は、今日から14日ではなく、すでに期限を過ぎている。
選任義務そのものに違反した場合の罰則も、法律に書かれている。労働安全衛生法第120条は、第13条第1項の規定に違反したときを第1号に挙げ、「当該違反行為をした者は、五十万円以下の罰金に処する」と定める。
料金のほうも、事業場を単位にして動く
数える単位が事業場だという事実は、費用の見積もりにもそのまま出てくる。当サイトが掲載する産業医紹介サービス19社のうち、料金を何らか公表しているのは10社。そのうち5社は、料金の単位や対象を事業場で書いている(2026-08-28取得)。「1事業場あたり月額」という書き方、「50名未満の事業場」を対象としたプラン、「複数拠点をお持ちの事業者向け」の統括サービス——表現は違うが、区切っているところは同じである。
拠点が5つある会社が産業医を1人契約すれば済む、という前提で予算を組むと、この単位でずれる。実額の並びは産業医の費用相場に、選任そのものの段取りは産業医の選任手順にまとめてある。義務が生じない50人未満の事業場でどこまでスポットで回せるかは、単発で頼める範囲のほうに書いた。
常態かどうかの線は、条文に書かれていない
冒頭の3つの数字は、どれも使えなかった。使うのは、拠点ごとに割り直し、パートと日雇いを戻し、受け入れている派遣を足した数字である。全社60人の会社が4つの事業場に割れて全部が義務なしになることもあるし、48人だと思っていた本社が派遣を足して51人になることもある。名簿を1枚めくるだけでは出ない。
残る一つには、条文の側が答えを用意していなかった。「常態として」と書いてあるだけで、何日続けば常態なのかという日数の線は、施行令にも上のQ&Aにも見当たらない。繁忙期の3か月だけ55人になる事業場をどう扱うか。この一点は、所轄の労働基準監督署に事実を並べて聞くほうが早い。
出典
- 労働安全衛生法(e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/347AC0000000057)第13条第1項・第120条第1号 取得日2026-09-03
- 労働安全衛生法施行令(e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/347CO0000000318)第5条 取得日2026-09-03
- 労働安全衛生規則(e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/347M50002000032)第2条第2項・第13条第1項第1号・第13条第2項 取得日2026-09-03
- 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/360AC0000000088)第45条第1項・第2項 取得日2026-09-03
- 厚生労働省「事業場の規模を判断するときの『常時使用する労働者の数』はどのように数えるのでしょうか。」(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_09985.html) 取得日2026-09-03
- 昭和47年9月18日発基第91号「労働安全衛生法の施行について」第2の3(厚生労働省法令等データベース https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb2042&dataType=1&pageNo=1) 取得日2026-09-03
- 当社データ(掲載19社の公式サイト記載の料金表記の集計) 取得日2026-08-28